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ある冬の朝、僕はその手から缶コーヒーを落とした。
毎朝、缶コーヒーを飲みながら車で出勤する。いつもと変わらない日々のルーティンだった。
その日も、いつもと同じように缶コーヒーを握ったはずだった。しかし、缶は僕の手からするりと滑り落ちた。
そのとき気づいたのは、自分の手から水分が失われていたということだった。じじいかよ…。
年をとるって嫌ですね。
瞬間的に脳裏に浮かんだのは、学生時代の社会の先生の姿だった。プリントを配るとき、いつも指先をペロリと舐めてから紙をめくっていた、あの先生。
老いるということを、初めて実感した朝だった。
いつもと同じ日々が、これからもずっと続いていく。どこかでそう思っていた。まさか自分にもこんな日が来るなんて、考えたこともなかった。
少なからずショックを受けた。そして、それ以上に強烈な焦燥感を覚えた。
目の前にあるのは、ただ僕の手から滑り落ちた缶コーヒーだ。
けれど、もしかしたら。
目に見えないだけで、同じようにたくさんのものが、日々自分の手からこぼれ落ちているのではないだろうか。
そんな焦りだった。
残さないといけない。
触れてしまえば弾けてしまいそうな、日々の泡。
気づかないうちにこぼれ落ちていく日常を、何かの形で残し、繋いでいかなければならない。
そう痛感した。
当時の僕はまだ独身で、子供もいなかった。自分の人生を託せるものが何もないという、空虚な感覚を今でもありありと覚えている。
残さないといけない。繋げないといけない。
心の奥底からふつふつと湧いてくる焦燥感に苛まれながら、僕はただただ、いつもの通勤路を走っていた。
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そんなのばかり撮ってて飽きない?
彼と初めて出会ったのは、2019年の冬。北海道だった。
北海道の野生動物を撮影するために訪れた際、現地を案内してくれた友人を通じて知り合った。
それから何度か北海道を訪れるうちに、一緒に撮影して回るような仲になった。
彼はエゾシカを撮っていた。
エゾシカをずっと追い続けているのだと、そう話してくれた。
一方の僕は、基本的に飽き性だ。
風景写真を中心に撮っているが、同じ場所に何度も通い続けることはあまりない。まだ見ぬ風景、新しい出会い、これまで見たことのない何かを求めて、あちこちを飛び回っていた。
だから、同じエゾシカを何年も追い続けているという彼の話は、どこか不思議だった。
そんなのばかり撮っていて、飽きないのだろうか。
不躾ながら本人に質問したことがある。彼はただニコニコしていた。
写真集の中で、こう綴っている。
「あんなのどこにでもいる。そう言われる彼らが私には特別でした。
北海道には可愛らしい生き物も、力強く魅力的な野生動物も数多くいます。名だたる撮影地もいくつもある。その中でエゾシカを追う時間は驚くほど静かで孤独なものでした。」
華々しく、力強い風景を追い求めていた僕の横で、彼がファインダーを通して見つめていたもの。
それは、触れてしまえば弾けてしまう、日々の泡だったのかもしれない。
この写真集には、劇的な瞬間を捉えた作品もある。
絶命した牡鹿の頭蓋骨を頭上に抱えた一頭のエゾシカ。彼の代表作ともいえる、強烈な一枚だ。
けれど、そうした劇的な瞬間さえも、彼が本当に写したかったものの、ほんの一ページでしかないのかもしれない。
彼は、この写真集についてさらにこう語っている。
「これはエゾシカの生態を説明するための本ではありません。角とともに巡った季節、その間に流れた時間を収めたものです。花や鳥、風や月と同じように、彼らの姿から季節を感じていただければ幸いです」
そして、こんな言葉も残している。
「私たちはその姿に悲劇を見、意味を与えようとする。だが彼らは自らの身に起きたことを名付けることも振り返ることもなく、ただ次の1日へ進んでいく。」
ただ、生きている。
季節が巡り、角が落ち、また新しい角が生える。
生まれる命があり、失われる命がある。
彼らはその一つひとつに意味を与えることもなく、ただ次の日を生きていく。
そんな当たり前の営みを、彼は何年もの時間をかけて、丁寧に、丁寧に撮りためてきた。
触れてしまえば弾けてしまう日々の泡。
自分の手から、知らず知らずのうちにすり抜けていってしまう日常。
そんな脆く、儚いものを、一枚一枚、掬い上げるように残してきた記録。
それが、この『エゾシカ、角の記憶』なのだろう。
彼と出会ってから、いくつもの季節が巡った。
その間に、僕自身にもいろいろな時間が流れた。
そして、この写真集が出来上がり、僕の手元に届く頃、僕にも初めての子供が生まれた。
あの冬の朝。
手から滑り落ちた缶コーヒーを見つめながら、自分の指の隙間からすり抜けていく日常を、何とかして掴み取らなければならないと思っていた。
しっかりと握りしめていなければ、何もかもがこぼれ落ちてしまうような気がしていた。
自分の人生を繋ぐものを、何か見つけなければならない。
そう焦っていた僕にも、未来を託せる存在ができた。
触れてしまえば弾けてしまいそうな、日々の泡。
それを今度は、この新しい命と一緒に見つめていきたい。
そして、こぼれ落ちてしまう前に、一つでも多く残していきたい。
このカメラと一緒に。




