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写真を撮る上で大事なこと。
もちろん知識も技術もあるのだろうけど、それよりも大切なのは、
どれだけのことを見逃していないかだと私は思う。
ーーーーーーー『さよならは青色』おわりに
岩倉しおりさんの写真集を購入した。
一通り、すてきな写真に目を通したあと、巻末の「おわりに」のところに書いてあった言葉に感銘をうける。
たしかに彼女の撮る写真は、何気なく過ごしていれば見逃してしまいそうな美しい瞬間を捉えている。日々というのはとどめておかなければはじけてしまう泡のようなものだと思っていて、僕もそんな何気ない日々の心の動きを残せたらいいな、なんて最近は思っている。
先日、久しぶりに実家に帰った。
写真集を読み終えたばかりの僕は、我が家にある日々の泡を鼻息荒く探していた。僕は過分に影響されやすい。ジャッキー・チェンの映画を見ればカンフーが使えるような気になるし、恋愛映画でも見れば気分はもう乙女だ。
目を血走らせながら、我が家に見逃していないものはないかとあらゆる部屋の扉を開いていく。ミラーレスカメラは忘れて帰ったのでiPhoneのカメラだったが楽しかった。
そんな中、ふと目に飛び込んできたもの。
柱の傷だった。
このまっすぐに、ものさしで引かれた柱の傷は父親が残したものだろう。彼の神経質に近い几帳面さが見てとれる。
おれは父親がきらいだった
実は、父親との思い出というのはろくなものがない。
昭和の父親なんて、まあそんなものかもしれないけれど、ちょっとでも機嫌を損ねれば怒声を浴び、次の瞬間には手が飛んできた。
彼はどうも学歴にコンプレックスがあったようで、僕が少しでも悪い点数のテストを持って帰ればなんでこんな簡単なことができないのかと延々と説教された。
クラスの友だちが放課後ランドセルを置いてすぐ公園で遊び回っているころ、僕はそれを許されず自営業で家にずっといる父親の前で教科書を開かされていた。ここでもひとつ受け答えを間違えれば手が飛んでくる。他人の顔色をひたすら伺う癖はこのころについた。
家に彼の車が停まっていれば、リアルにお腹がいたくなった。
思春期にもなれば、まあ当然のように口をきかなくなる。体もでかくなったので殴られることはなくなったが、やがてお互いが腫れ物に触るような関係となる。
進路を決めるころには、なにかにつけておうかがいをたてなければならなくなるが、やることなすことが気に入らないようなのは相変わらずだった。この家を出る。それだけが僕の希望の進路だった。
なんとなく喋れるようになったのは、僕が就職したぐらいからかな。ようやく酒が一緒に飲めるようになり、これまでに刻まれた深い深い溝を少しづつ埋めようとお互いが思い始めていたころ。そんな頃に彼は唐突に亡くなる。癌だった。
こんなもんで、僕は長らく「父親に愛されずに育った」とずっと思ってきた。母親にしても、僕が叱られているとき父親の言動に異を唱えればとばっちりをうけてしまうのでまるで空気のような存在だったような気がする。なので、おれは愛というものがいまいち分からぬ。そう思っていた。
おれたちが愛されていたころの記録
カメラを片手に(iPhoneだけど)家の中を撮り歩いていると、唐突に現れた柱の傷。競うように引かれている線は弟のもの。
いつも不機嫌そうで眉間に皺をよせている。そんな記憶しかなかったのに、この神経質で几帳面にまっすぐ引かれた柱の傷は僕の海馬から久しく忘れていた思い出が呼び起こされた。それはおれたちが愛されていたころの記憶だった。
柱の傷には、これまたご丁寧に記し残した年も刻まれていたのけど、それでも僕は14歳になるまで彼に背の丈を測ってもらっていたようだ。
思春期真っ只中で、父親と会話すらした記憶がなかったのに、14の頃でも僕はその記録を残してもらっていたらしい。
そして、いつも不機嫌だと感じていた彼の顔、思い出の中で背を測ってくれる父親の表情は僕たちの成長が嬉しくも照れくさくてそれを隠しているような、そんな顔だった。
低い天井
ふと見上げると、低い天井が視界に入る。
ここはもともとは吹き抜けになっていた部屋だ。父は建築家で我が家の昔の写真を見ると、彼の美意識を感じられる素敵な部屋がたくさんある。この吹き抜けの部屋もそのひとつだった。
幼かった僕もこの高い吹き抜けの部屋が大好きで、いつもここにいた。けれど、ある日この吹き抜けの天井は潰され、上に新しい一室ができた。
最初はなんで潰してしまうんだろうと思った。けれど、家族が増え大きくなると部屋数も足りなくなってくる。
理想と生活の擦り合せのようなこの低い天井からも彼の不器用な愛を感じる。美意識だけでは人は生活していけない。
それよりも大切なのは、どれだけのことを見逃していないかだと私は思う。
手をすり抜けて消えてしまうような日々の泡。
カメラを構えるというのは凝視するという行為だ。その日々の泡を見逃さずに、残しておくための。
今まで見逃してきた父親の不器用な愛。おれは愛されていなかった、なんて思って何十年と過ごしてきたけれど、それは誤ちだったのかもしれない。カメラのファインダー越し(iPhoneだけど)に見つけたその記憶をきっかけに、頭の中の点と線が繋がる。ああ、彼はどうしようもなく不器用で照れ屋だったのかもしれないな。
学歴にコンプレックスがあった自分と同じ誤ちを繰り返してほしくないからこそ、僕に学ばせた。若くて世間知らずな僕が考えなしに描く進路を親として、大人として意見をしていた。ただただ、伝えかたが下手で、そして僕も受け取り方が下手で。なんだ、似たもの同士じゃないか。
癌が見つかる1週間くらいまえかな。父親と酒を一緒に飲んでいた。そのころには大腸の癌はだいぶ進行していて、酒を飲むのもほんとは辛かったはずだ。けれど、不器用だから、そんなこともおくびにも出さず、無理して飲んでいた。きっとあいつおれと飲むのが楽しかったんだぜ。
時はもう戻すことは出来ない、今さらだけど1枚だけでも彼の写真を撮りたかったなんて思う。
これからは後悔しないように、たくさん写真を撮りたいな。大切なのは、どれだけのことを見逃していないかだ。